新『ゴーストバスターズ』の監督、ポール・フェイグって誰?
〇はじめに
『ゴースト・バスターズ』の新作が公開前から賛否が分かれている。
女性キャストになったのが原因なのか、ただリメイク版というだけの拒否反応だけなのか。
理由はわからないが、観もせずに判断するのはいかがなものかと思うが、個人的には前作を下回るような作品にはならないと思っている。
なぜなら、監督がポール・フェイグだから。
〇ポール・フェイグって誰?
今、女性が主演のコメディを作らせたら、ポール・フェイグの右に出る者はいないと言っても過言ではないはずだ。
『ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン』(12年)、『デンジャラス・バディ』(13年)、『SPY』(15年)と立て続けに女性が主人公のコメディ映画を監督し、今年の夏公開の女性版『ゴースト・バスターズ』(16年)の監督も務めた。
白髪でいつもシャレたスリーピースのスーツを着こなす、まるで英国紳士ような彼は、ギターにドラム、マジックにモノマネどんな事でも多彩にこなす男。
こう並べて書くと、なんともいけ好かない感じがしないでもないフェイグである。でもそんな事ないよ
〇コメディ少年が街のエンターテイナーに
ミシガン州生まれの彼は、クリスチャンサイエンスの家庭で育ち、
スティーブ・マーティンを敬愛し、彼を真似してスリーピースのスーツを着て、彼のコメディアルバムを流して口パクで喋るというコメディオタク少年だった。
エンターテイナーに憧れていたフェイグは、父親から買ってもらったテープレコーダーでオリジナルラジオ番組を制作をしたり、中学の頃はルールもろくに知らないでフットボールの実況アナを務めたりといろんな事にチャレンジした。フェイグの夢に協力的な両親の勧めで、17歳の頃、父親が経営している軍の払い下げ品店兼スポーツ用品店のCMの監督脚本主演を果たす。
彼はマルクス兄弟のグルーチョ・マルクスやターザンのマネでCMを3本作った。
(ちなみに彼が後に製作する『フリークス学園』の主人公の父親がスポーツ用品店を経営しているのはここから)
彼は、その界隈では顔を知られ、ローカルスターになった気分だったが、街を歩いていると、
「お前CMに出ている奴だろ?」
「そうだよ、ありがとう!」
「別に好きとは言ってねぇよ!」
と、罵声を浴びせられることもあったとか。
彼は高校を卒業し、南カリフォルニア大学の映画学部に入学。
少年時代のフェイグ(写真中央) 自伝エッセイ『Kick me』より
〇コメディアンのキャリアがスタート
卒業後は、コメディアンとしてのキャリアをスタート。
その劇場には、ジム・キャリー、アダム・サンドラー、ジャド・アパトーなど今では名だたるコメディアンが揃って、特にジャドとは朝までポーカーをするほど親しい仲だった。
TVの脇役の仕事も増え始め『ダーティ・ダンシング』(88年~89年)のドラマ版や『Louie Show』(96年)、ディズニー・チャンネルの『サブリナ』(96年~97年)などに出演。映画では『スキー・パトロール』(90年)や『ヘビーウェイト サマー・キャンプ奪還作戦』(95年)などに出演。
ドラマ『サブリナ』 でのフェイグ。若い
〇挫折からの復活からの・・・
順風満帆に見えた彼のキャリアだが、映画の端役ばかりで、同じ舞台に立ったジム・キャリーや後輩のアダム・サンドラーに比べると明らかな差が開いてしまった。
自分の貯金を切り崩して作った初の監督作品『Life Sold Separately』(97年)の撮影は難航し、過呼吸にまでなって現場から逃げ出そうと思うほど追い込まれたモノだった。
またトラブルは続き、完成品も荒い映像のVHSテープでしか上映できないものになり映画祭に出品することも出来なかった。
さらに出演していたドラマ『サブリナ』の契約も切れたフェイグは破産寸前で、俳優のキャリアを諦め、脚本家への道をスタートしようと考えていた。
ちょうど、その頃、同じくコメディアンから脚本家に転向したジャド・アパトーと再会。
ジャドは、フェイグに「いいアイデアがあったら、いつでも言って」と言い、妻からの後押しもあって、フェイグはかねてから考えていた学園モノの脚本を書きはじめる。
オタクやアウトサイダーなど学園モノでは無視されてきた人物たちを主人公に物語を考えた。それが『フリークス学園』(99年)である。フェイグの学校生活を基に脚本家たちの実体験を交え、非常にリアリティがありユーモアが効いた作品でその当時放送されていた他の青春ドラマとは一線を画するものだった。
その脚本を気に入ったジャドは、色々な制作会社に持ち込むがどこも相手にしてもらえず、最終的にスピルバーグのドリーム・ワークスの手に渡った。
フェイグは、脚本に手を加えない事を条件に『フリークス学園』をドリーム・ワークスの下で製作。撮影間近になってジャドから「脚本を直してほしいと言われたから直そう」と言われる。一言一句変えたくなかったフェイグは反対したものの、ジャドから「もっといいものにするためだと思えばいいだろ?」と説得され、フェイグも納得し撮影はスタート。
撮影は順調で、評価も良かったが、視聴率が伸びなかった。
17話(未放送分含め18話)をもって『フリークス学園』は打ち切りに。
スタッフや出演者たちはひどく落ち込んだ。
打ち切りに対しジャドは、せっかくキャリアが始まった若き俳優たちの仕事がなくなるのもかわいそうだったが、なによりフェイグの人生を誰も気にかけなかったのかと思うとやるせなかったそうだ。学校で無視されてきた人物たちを主人公にしたドラマは結局誰も興味を持たなかったのである。
しかし、評判の高かったため、ほぼ同じスタッフで局を変え、新たに30分の学園モノのドラマとして復活。舞台を高校から大学に変え、『フリークス学園』にも出演したセス・ローゲンも続投し、脚本も務めた。フェイグは第2話の監督を務めた。『Undeclared』というタイトルで始まったがこちらも視聴率が伸びず17話で打ち切り。
その後フェイグは『ブルース一家は大暴走』、『The Office(アメリカ版)』、『MADMEN』『ナース・ジャッキー』などの人気ドラマの監督を務める一方、映画の監督も始める。
『フリークス学園』より ディスコジャンプスーツを着て登校する、主人公のサム。これは、フェイグの高校時代の実体験が基となったワンシーン。フェイグのあまりにもなイケテナイっぷりにずっとカッコイイ男だと思っていたジャドはたいそう驚いたそうだ。
〇再びの挫折から再びの復活へ
強制収容所を逃げ出した少年が母を探す旅に出る『アイアム・デヴィッド』(03年)は映画祭での賞は獲ったものの批評的にも興行的に上手くいかず、3年後に子供向け映画の『エアポート・アドベンチャー クリスマス大作戦』(06年)の監督を務めるがこちらも上手くはいかず、もう誰も映画の仕事をくれないだろうと思い、監督の道を諦めていた。その約5年後、2011年に運命的な作品と出会う。
老舗コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』で、その当時人気だった女性コメディアンのクリスティン・ウィグを主演に映画を作りたかったジャドは、彼女に映画製作を打診。彼女はコメディアンで脚本家のアニー・マモローと共に脚本を執筆。
『ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン』の脚本が完成した。
早速、ウィグはジャドに脚本を渡す。膨大なページ数とギャグの量に驚きつつも、ジャドは自身はプロデュースに回り、フェイグを監督に推薦。
スタジオが誰も雇ってくれない中、ジャドだけはフェイグの才能を信じていた。
ジャドとフェイグは、ギャグばかりだった脚本のストーリー柱をより強く補強するため脚本を修正し、撮影を開始。元俳優であることから、フェイグは脚本通りのギャグではなく現場での女優たちのアドリブをたくさん取り入れて撮影した。
クリスティン・ウィグやメリッサ・マッカーシーなどのコメディアンたちはもちろんだが、主人公のライバル役のローズ・バーンのアドリブも冴え撮影は順調に終え、さらに試写では、観客の反応でギャグを入れ替えるなどをし、万全の状態で映画は公開された。
友人の花嫁介添人に選ばれた主人公の悪戦苦闘ぶりを描いたこの作品は、大ヒットを記録し、メリッサ・マッカーシーは助演女優賞、クリスティン・ウィグとアニー・マモローは脚本賞にそれぞれノミネートされた。
これを機に『ピッチ・パーフェクト』(12年)などの女性コメディが大量に作られるようになった。時代が変わったのである。
続いてフェイグは、コメディ・ドラマ『パークス・アンド・レクイエーション』の脚本家でもあるケイティ・ディポルドが様々なバディ刑事モノを観て、これの女性版が作りたいと思い書いた脚本『デンジャラス・バディ』の監督を務める。前作に引き続きメリッサ・マッカーシーを主演に迎え、さらにサンドラ・ブロックという豪華キャストで作られた今作は、FBIの捜査官のサンドラ・ブロックとボストンの粗野な刑事のメリッサ・マッカーシーがぶつかり合いながらも友情をはぐくむバディ刑事モノ。こちらも大ヒットし、瞬く間に人気監督の仲間入りを果たす。
『ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン』撮影中のフェイグ。さぞ高尚な映画を撮ってるように見えるが、きっと主人公がヤマアラシを轢きそうになって、事故るシーンの撮影中であろう。こんなスマートな姿でウンゲロがたくさんの映画を撮っているとは
〇コメディ映画のヒットメーカーへ
007シリーズが好きだったフェイグは、なぜ女性のスーパー・スパイ映画がないのかと思い、女性が主演のスパイ映画の脚本を書きはじめる。
『SPY』というタイトルで、再びメリッサ・マッカーシーを主演に迎え、『ブライズメイズ』でも活躍したローズ・バーンやジュード・ロウ、ジェイソン・ステイサムらが脇を固め、コメディは面白く、アクションはカッコよくをモットーに製作された。
CIAで腕利きスパイのサポートをしている女性職員クーパーが、とある任務をきっかけに世界を股にかける女スパイになるというストーリー。
日本では公開すらされなかったが、世界的に大ヒットした。
さらには、『I LOVE SNOOPY ピーナッツ・ムービー』(15年)の製作も務めた。
続く『ゴースト・バスターズ』のリメイクでは、全員を女性キャストにするという案を気に入り、監督に就任。主演にクリスティン・ウィグ、メリッサ・マッカーシー、ケイト・マキノン、レスリー・ジョーンズと今一番面白い女性コメディアンが一堂に会した作品だ。
しかし、公開前からずっと一部映画ファンからの心無い批判を受け続けている。
はたして、どんな作品になっているのか早くも期待が高まるところである。
『SPY』より 手拭き用のタオルを食べてしまうシーン。これもフェイグの実体験。
〇最後に・・・
ポール・フェイグは常にスーツ姿のオシャレさんである。
ファッションは自分が何者かを示す手段の一つであると彼は考えている。
『フリークス学園』が終わってから、彼は敬愛するグルーチョ・マルクスの「ダサい奴は信用するな」をモットーに常に仕事ではスーツ姿になった。
その前までは、ずっとTシャツにジーンズ姿だったのだが、監督になるにあたってスーツ姿に変わった。彼は言う
「だって船長がスウェット姿で髭も剃らず野球のキャップで来たら、そんな船降りるだろ?」
また、普段着だと落ち目の頃を思い出すのだという。
スーツ姿になって売れた男、ポール・フェイグ。
彼はこれからもシャレたスリーピースのスーツで我々に笑える映画を届けてくれる事だろう。
『フリークス学園』撮影風景 服よれよれ時代のフェイグ
参考文献
The Buzzfeed
『How The Director Of “Spy” And “Bridesmaids” Escaped Movie Jail And Conquered Hollywood』----Adam B. Vary
Telegraph
『Paul Feig: 'women are funnier than men'』---Elaine Lipworth
http://www.telegraph.co.uk/film/spy/paul-feig-interview/
USA TODAY
'Heat' director Paul Feig won success a step at a time---Julie Hinds
http://www.usatoday.com/story/life/movies/2013/06/25/heat-director-paul-feig/2457963/
Sick In The Head-----Judd Apatow