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I LOVE LAMP ~コメディのあれこれ~

海外コメディの事を書きます。日本では紹介の少ないものを中心に。主にジャド・アパトー

タイカ・ワイティティって誰!?「モアナと伝説の海」の脚本「マイティ・ソー:ラグナロク」監督のほとんどすべて

ディズニーの新作「モアナと伝説の海」では脚本を務め、アメコミ映画のマイティ・ソーの第3弾「マイティ・ソーラグナロク」では監督を務める、タイカ・ワイティティ。

日本では、この監督の名前を知っている人は少ない。

知っていても、ロード・オブ・ザ・リングシリーズをモチーフにした、ニュージーランド航空の機内安全ビデオ「壮大すぎる機内安全ビデオ」もしくは、「シャア・ハウス・ウィズ・ヴァンパイア」(2015)ぐらいであろう。

そもそも彼が他にどんな作品を撮っているのか、そもそもどんな人物かは知られていない。

ジャド・アパトーポール・フェイグと来て、今度はタイカ・ワイティティ。

相変わらず、誰の興味もそそらないライナップになってしまった。

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〇タイカ・ワイティティとは・・・

コメディアンに俳優、画家、写真家、さまざまな顔を持つ彼は、1975年8月16日ニュージーランドの西海岸、ワイハウベイに、マオリで画家の父親と学校の先生をしているユダヤ系ロシア人の母の間に生まれた。

両親の影響でさまざまな芸術に触れた子供時代。アメリカ映画にポップ音楽、中でも彼が最も影響を受けたのは、画家のアンリ・ルソー

映画監督になるというつもりはなく、画家なのか写真家なのか俳優なのかまだ将来の事は考えていなかった。そんな彼は12歳の頃、特に理由もなく鉤十字を描きたくなる衝動に襲われ、ノートに鉤十字を描くようになる。しかし、ユダヤ系の母を気の毒に思い、鉤十字に四つの棒線を加え、窓に変えた。 

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彼はヴィクトリア大学に入学し、そこで、後に映画作品での相棒となるジェマイン・クレメント出会う。

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ジェマイン・クレメント。ワイティティと同じくマオリの血を引く、コメディアン兼俳優兼ミュージシャン。主な出演作に「BFG」(2016)「男ゴコロはマンガ模様」(2016)など

ワイティティは、大学でSo You’re a Manというコメディグループに所属し、同じく所属していたジェマイン・クレメントとHumorbeastsというコンビを組む。

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 Humorbeasts時代の映像。女子高生像は万国共通だ!

 

2人は、1999年にBilly T Awardというコメディの賞を受賞するまでになる。

また同じ年にワイティティは、『サクリファイス』というニュージーランド映画に出演。

2002年には『The Strip』というニュージーランドのドラマにストリッパー役で出演。「一体何やってんだ、俺は?!」と現場で恥ずかしくなったと本人は振り返る。

同じ年に『John & Pogo』 (2002)という短編を監督する。

そして、2年後彼に転機が訪れる。

2004年、2作目の『Two Cars, One Night』 (2004)を監督。

主演の子役は演技をしたこともなく、監督本人も監督としても技術もないまま撮られた作品だったが2005年アカデミー賞の短編部門にノミネートされる。

多くの人に見てもらえるチャンスを喜ぶも、あまりアカデミー賞に敬意をいただいてなかったからか、授賞式中寝てしまうという前代未聞の失態を犯す。

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アカデミー賞授賞式中に寝る、ワイティティ

その後も『Heinous Crime』(2004)、『What We Do in the Shadows: Interviews with Some Vampires』(2005)(シェア・ハウス・ウィズ・ヴァンパイアの基となる作品)を監督。

そして、第二次大戦中のマオリの兵隊たちを描いた短編『Tama Tu』は評判を呼び、

ヴァラエティ誌の注目すべき若手監督10人選ばれる。

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https://www.nzonscreen.com/title/tama-tu-2004

その後も、短編を撮り続けた彼はいよいよ、長編作品を撮ることになる。

一緒に短編を作ってきた、女優で脚本家のローレン・ホースリーと共同で脚本を書き、彼女を主人公に、主人公の恋人役に相棒のジェマイン・クレメントを迎えての初の長編『Eagle vs. Shark』 (2007)は、作られた。

ストーリーというと、

物静かな女性、リリー(ローレン・ホースリー)が働く店にやってくる常連客のジャーロッド(ジェマイン・クレメント)に恋した彼女は、彼のコスプレパーティ(好きな動物のコスプレをする。リリーはサメ、ジャーロッドはワシ。だからこんなB級モンスター映画のようなタイトルなのである)に参加。パーティ中、ストリート・ファイターとモータルコンバットを足して二で割ったようなゲームのトーナメントで勝ち進み、見事にジャーロッドの心をつかみ、恋人となるのだが、彼にはかつて自分をいじめた同級生への復讐に燃えていた。リリーはジャーロッドの復讐を手助けする形で、彼の故郷へ一緒に向かうのだが・・・。

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臆病で前に進むことができなかったリリーが恋をし、色々な経験をすることで成長する一方、復讐の鬼と化したジャーロッドはイジメや兄の自殺で前に進めずにいるというコントラストで進んでいくストーリーは、バカバカしいギャグの連続の中にも哀愁を感じさせるどこか切ない作品に仕上がっている。

ワイティティ曰く、自分の映画は、笑えたり、悲しかったりと色んな要素を混ぜ合わせた内容にしたいのだという。

このスタイルは、以降の作品にも引き継がれていく。

『Eagle vs. Shark』 は多くの映画賞に輝き、彼の名はニュージーランドを越え世界へと広がり始めた。

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いじめっ子の現在の所在を探すためハッカーとして友人を雇うのだが、信じられないほど遅いネット接続、その上PCがエロサイトのウィルスに感染しているという、映画史上最も格好の悪いハッカーのシーン

そしてアメリカの有料放送局HBOで、

ジェマイン・クレメントとブレッド・マッケンジーのミュージックデュオ、

「フライツ・オブ・コンコルズ」のドラマシリーズ『Flight of the Conchords』の4エピソードの監督を務める。このドラマは、ニュージーランドからやってきた彼らがアメリカでのスターを夢見て奔走するが、ことごとくうまくいかないという哀愁たっぷりのコメディドラマだ。このドラマがユニークなのは、ドラマの途中で彼らのミュージックビデオが始まるというミュージカル調でありながら、普通のミュージカルとも一味違うなんとも風変わりな作品である。

ワイティティが監督した第7話から。ほとんど「ラ・ラ・ランド」である www.youtube.com 

 

さらに自身の短編『Two Cars, One Night』を基に2010年には長編第2作目の『BOY』(2010)を監督する。

ストーリーは、

1984年のニュージーランド東海岸、ワイティティの出身地でもある、ワイハウベイに住む、11歳のマイケル・ジャクソンに憧れる少年、ボーイは、超能力が使えると信じている弟と2人で孤独に暮らしていた。そんなある時、刑務所から帰ってきた憧れの父親、アラメインとついに再会する。ボーイは、アラメインをマイケル・ジャクソンのようなヒーローだと思い込んでいたが、彼が探しているお宝を一緒に探すうちに彼が自分が描いていたような父親ではない事に気づいていく・・・。

マオリ系の貧困、学校のいじめ、育児放棄など決して明るいテーマとは言えないものを描きながら全編に脱力ギャグとポップカルチャーネタが詰め込みワイティティ流の暖かさとギャグで非常にバランスの取れたハートウォーミングなコメディとなっている。

ワイティティ曰く、今までニュージーランドの映画とりわけマオリを描いた作品は、暗い映画ばかりであったという。しかし、マオリの人間も楽しいし面白いという事を知ってもらうためにこのような作風にしたという。

この作品は、当時のニュージーランドの国内興行収入記録の1位を塗り替えるほど、大ヒットし、国内外多くの映画賞を獲得した。

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Patea Maori Clubのヒット曲『Poi E』に乗せて、マオリの伝統的なダンス、ハカとマイケル・ジャクソンのスリラーをミックスさせたシーン。エンドクレジット前の本編には関係ないシーンのだが、ワイティティ曰く、アラメインというキャラクターを悪役にしすぎないようにするのと作品のトーンを明るくためにこのシーンを入れたという。

その後は、ニュージーランドでドラマシリーズの『Super City』、アメリカでは」MTV製作の『The Inbetweeners』の数エピソードの監督。

さらに日本では話題になったロード・オブ・ザ・リングシリーズをモチーフにした、ニュージーランド航空の機内安全ビデオ「壮大すぎる機内安全ビデオ」の監督と出演を務めた。

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2014年には、長編第3作目の『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』をジェマイン・クレメントと共同で監督。

この作品は、2005年に監督したショート・フィルムの『What We Do in the Shadows: Interviews with Some Vampires』を長編にした作品である。

多くの吸血鬼映画にオマージュをささげながら、ニュージーランドの人々の平凡なライフスタイルを笑いにした作品で、脚本制作には6年、撮影時間150時間以上、編集には14か月を費やし、笑いと哀愁に満ちたこの作品を作り上げた。

とはいえ、ワイティティ本人は、もうこれ以上何もしたくなくなるほど大変なものだったと振り返る。

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2016年には、ニュージーランドの作家バリー・クランプの小説を原作にした作品

『Hunt for the Wilderpeople』(2016)を監督。サム・ニールなど大物俳優を迎え前3作よりも大規模な映画となった。

ストーリーは、反抗的な少年、リッキーが山奥に住む老夫婦に引き取られる。初めは、反抗的だった彼も2人の優しさに触れ、次第に心を開いてきた矢先、そこのおばさんが死んでしまう。また別の親もとに送られそうになった彼は、自分の死を偽装し、山奥に逃げ出してしまう。リッキーを山奥でおじさん(サム・ニール)に発見されるも、おじさんがリッキーを誘拐したと勘違いされ警察から追われることに。ニュージーランドの山奥で2人の逃避行が始まる。

ワイティティ作品の中の最高傑作ともいえる、今作は、ニュージーランドの自然豊かな景色とランボーなどを彷彿とさせるバイオレンスたっぷりの緊張感のあるサバイバル映画であり、後半はマッドマックスのようの激しいカーチェイスになるなど、今までの小規模な世界観から解き放たれた作品になっている。もちろん、ワイティティ作品らしいギャグは満載である。(今作でもロード・オブ・ザ・リングターミネーターなど多くの映画をギャグに使っている)

批評から大好評で迎えられた(映画レビュー集計サイトRotten Tomatoesでの評価は98%)この作品は、彼の過去作のほとんどがそうだったように日本での公開は予定されていない。

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ワイティティの作風は、いつも共通している。負け犬たちの物語であるという事。

そして、笑いと哀愁。

ストーリーだけでは聞けば、笑ってしまうような物語に悲しさを紛れ込ませてみたり、逆に悲しい物語を笑いたっぷりで描いてみたり。常にこの2つをミックスさせるように心がけている。

5本目の監督作になる『マイティ・ソーラグナロク』は我々が日本で観ることができる実質2本目の作品になるだろう。『マイティ・ソーラグナロク』について、ワイティティは特にプレッシャーは感じていないそうだ。

今まではインデペンデントで自由に映画を撮り続けてきたが、このようなフランチャイズの大作映画との違いについて、彼は「これまでは、温かいコーヒーはあったけど、今度はアシスタントが卵とアボカドが乗ったトーストをわざわざ持ってきてくれる。違いはそれぐらいで自由に撮ることが出来ている」と言う。さらに「今までの自分の作品のあったものが絶対に『マイティ・ソーラグナロク』の中にもある」と付け加えた。

マーベルのアメコミ超大作とワイティティの作風がどう融合するのか。

ワイティティは、今年のコミコンのために『シビルウォーキャプテン・アメリカ』(2015)の時にマイティ・ソーは何をしていたのかという短編を製作した。

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今まで通りの脱力ギャグ満載のモキュメンタリースタイルのギャグ映像だが、本編はどんな作品になるのか。

きっと一部の人が心配しているギャグばかりの作品には決してならないと思う。

それは、今までのワイティティの作風からもわかるようにエピックな作品でありながら、ドラマと笑いと哀愁を兼ね備えた素晴らしい作品になるだろう。

この作品が公開された暁には過去の作品もぜひ日本で観れるようにしてほしいものである。

 

最後に・・・

たくさんあるワイティティ短編作の中でも一番安さ馬鹿さが爆発した作品をここに。

これを作る人がマイティ・ソーの新作を作るのである。

楽しみになるか不安になるかはあなた次第!

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参考

Taika Waititi Biography

https://www.nzonscreen.com/person/taika-waititi/biography

 

FIVE FAVORITE FILMS WITH BOY DIRECTOR TAIKA WAITITI by Luke Goodsell

https://editorial.rottentomatoes.com/article/five-favorite-films-with-boy-director-taika-waititi/

 

ニュージーランド国内興行収入の記録を塗り替えた新作『ボーイ』とは?11歳の少年が主人公! (取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)

http://www.cinematoday.jp/page/N0039252

 

World Of Taika

https://worldoftaika.com/

 

Taika Waititi interview: On Hunt for the Wilderpeople and the creative journey

By Clarisse Loughrey

http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/features/taika-waititi-interview-on-hunt-for-the-wilderpeople-thor-ragnarok-new-zealand-a7307336.html

 

Exclusive: Taika Waititi on Hunt for the Wilderpeople, and what fans can expect from Thor: Ragnarok

http://www.heyuguys.com/taika-waititi-interview-hunt-wilderpeople/

 

The Art of Creativity | Taika Waititi | TEDxDoha

https://www.youtube.com/watch?v=pL71KhNmnls

新『ゴーストバスターズ』の監督、ポール・フェイグって誰?

〇はじめに

『ゴースト・バスターズ』の新作が公開前から賛否が分かれている。

女性キャストになったのが原因なのか、ただリメイク版というだけの拒否反応だけなのか。

理由はわからないが、観もせずに判断するのはいかがなものかと思うが、個人的には前作を下回るような作品にはならないと思っている。

なぜなら、監督がポール・フェイグだから。

 

〇ポール・フェイグって誰?

今、女性が主演のコメディを作らせたら、ポール・フェイグの右に出る者はいないと言っても過言ではないはずだ。

ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン』(12年)、『デンジャラス・バディ』(13年)、『SPY』(15年)と立て続けに女性が主人公のコメディ映画を監督し、今年の夏公開の女性版『ゴースト・バスターズ』(16年)の監督も務めた。

白髪でいつもシャレたスリーピースのスーツを着こなす、まるで英国紳士ような彼は、ギターにドラム、マジックにモノマネどんな事でも多彩にこなす男。

f:id:yumamorikasa:20160710194743p:plainこう並べて書くと、なんともいけ好かない感じがしないでもないフェイグである。でもそんな事ないよ

 

〇コメディ少年が街のエンターテイナーに

ミシガン州生まれの彼は、クリスチャンサイエンスの家庭で育ち、

スティーブ・マーティンを敬愛し、彼を真似してスリーピースのスーツを着て、彼のコメディアルバムを流して口パクで喋るというコメディオタク少年だった。

エンターテイナーに憧れていたフェイグは、父親から買ってもらったテープレコーダーでオリジナルラジオ番組を制作をしたり、中学の頃はルールもろくに知らないでフットボールの実況アナを務めたりといろんな事にチャレンジした。フェイグの夢に協力的な両親の勧めで、17歳の頃、父親が経営している軍の払い下げ品店兼スポーツ用品店のCMの監督脚本主演を果たす。

彼はマルクス兄弟グルーチョ・マルクスやターザンのマネでCMを3本作った。

(ちなみに彼が後に製作する『フリークス学園』の主人公の父親がスポーツ用品店を経営しているのはここから)

彼は、その界隈では顔を知られ、ローカルスターになった気分だったが、街を歩いていると、

「お前CMに出ている奴だろ?」

「そうだよ、ありがとう!」

「別に好きとは言ってねぇよ!」

と、罵声を浴びせられることもあったとか。

彼は高校を卒業し、南カリフォルニア大学の映画学部に入学。

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少年時代のフェイグ(写真中央) 自伝エッセイ『Kick me』より

 

〇コメディアンのキャリアがスタート

卒業後は、コメディアンとしてのキャリアをスタート。

その劇場には、ジム・キャリーアダム・サンドラージャド・アパトーなど今では名だたるコメディアンが揃って、特にジャドとは朝までポーカーをするほど親しい仲だった。

TVの脇役の仕事も増え始め『ダーティ・ダンシング』(88年~89年)のドラマ版や『Louie Show』(96年)、ディズニー・チャンネルの『サブリナ』(96年~97年)などに出演。映画では『スキー・パトロール』(90年)や『ヘビーウェイト サマー・キャンプ奪還作戦』(95年)などに出演。

 

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ドラマ『サブリナ』 でのフェイグ。若い

 

〇挫折からの復活からの・・・

順風満帆に見えた彼のキャリアだが、映画の端役ばかりで、同じ舞台に立ったジム・キャリーや後輩のアダム・サンドラーに比べると明らかな差が開いてしまった。

自分の貯金を切り崩して作った初の監督作品『Life Sold Separately』(97年)の撮影は難航し、過呼吸にまでなって現場から逃げ出そうと思うほど追い込まれたモノだった。

またトラブルは続き、完成品も荒い映像のVHSテープでしか上映できないものになり映画祭に出品することも出来なかった。

さらに出演していたドラマ『サブリナ』の契約も切れたフェイグは破産寸前で、俳優のキャリアを諦め、脚本家への道をスタートしようと考えていた。

ちょうど、その頃、同じくコメディアンから脚本家に転向したジャド・アパトーと再会。

ジャドは、フェイグに「いいアイデアがあったら、いつでも言って」と言い、妻からの後押しもあって、フェイグはかねてから考えていた学園モノの脚本を書きはじめる。

オタクやアウトサイダーなど学園モノでは無視されてきた人物たちを主人公に物語を考えた。それが『フリークス学園』(99年)である。フェイグの学校生活を基に脚本家たちの実体験を交え、非常にリアリティがありユーモアが効いた作品でその当時放送されていた他の青春ドラマとは一線を画するものだった。

その脚本を気に入ったジャドは、色々な制作会社に持ち込むがどこも相手にしてもらえず、最終的にスピルバーグのドリーム・ワークスの手に渡った。

フェイグは、脚本に手を加えない事を条件に『フリークス学園』をドリーム・ワークスの下で製作。撮影間近になってジャドから「脚本を直してほしいと言われたから直そう」と言われる。一言一句変えたくなかったフェイグは反対したものの、ジャドから「もっといいものにするためだと思えばいいだろ?」と説得され、フェイグも納得し撮影はスタート。

撮影は順調で、評価も良かったが、視聴率が伸びなかった。

17話(未放送分含め18話)をもって『フリークス学園』は打ち切りに。

スタッフや出演者たちはひどく落ち込んだ。

打ち切りに対しジャドは、せっかくキャリアが始まった若き俳優たちの仕事がなくなるのもかわいそうだったが、なによりフェイグの人生を誰も気にかけなかったのかと思うとやるせなかったそうだ。学校で無視されてきた人物たちを主人公にしたドラマは結局誰も興味を持たなかったのである。

しかし、評判の高かったため、ほぼ同じスタッフで局を変え、新たに30分の学園モノのドラマとして復活。舞台を高校から大学に変え、『フリークス学園』にも出演したセス・ローゲンも続投し、脚本も務めた。フェイグは第2話の監督を務めた。『Undeclared』というタイトルで始まったがこちらも視聴率が伸びず17話で打ち切り。

その後フェイグは『ブルース一家は大暴走』、『The Office(アメリカ版)』、『MADMEN』『ナース・ジャッキー』などの人気ドラマの監督を務める一方、映画の監督も始める。

 

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『フリークス学園』より ディスコジャンプスーツを着て登校する、主人公のサム。これは、フェイグの高校時代の実体験が基となったワンシーン。フェイグのあまりにもなイケテナイっぷりにずっとカッコイイ男だと思っていたジャドはたいそう驚いたそうだ。

 

〇再びの挫折から再びの復活へ

強制収容所を逃げ出した少年が母を探す旅に出る『アイアム・デヴィッド』(03年)は映画祭での賞は獲ったものの批評的にも興行的に上手くいかず、3年後に子供向け映画の『エアポート・アドベンチャー クリスマス大作戦』(06年)の監督を務めるがこちらも上手くはいかず、もう誰も映画の仕事をくれないだろうと思い、監督の道を諦めていた。その約5年後、2011年に運命的な作品と出会う。

老舗コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』で、その当時人気だった女性コメディアンのクリスティン・ウィグを主演に映画を作りたかったジャドは、彼女に映画製作を打診。彼女はコメディアンで脚本家のアニー・マモローと共に脚本を執筆。

ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン』の脚本が完成した。

早速、ウィグはジャドに脚本を渡す。膨大なページ数とギャグの量に驚きつつも、ジャドは自身はプロデュースに回り、フェイグを監督に推薦。

スタジオが誰も雇ってくれない中、ジャドだけはフェイグの才能を信じていた。

ジャドとフェイグは、ギャグばかりだった脚本のストーリー柱をより強く補強するため脚本を修正し、撮影を開始。元俳優であることから、フェイグは脚本通りのギャグではなく現場での女優たちのアドリブをたくさん取り入れて撮影した。

クリスティン・ウィグやメリッサ・マッカーシーなどのコメディアンたちはもちろんだが、主人公のライバル役のローズ・バーンのアドリブも冴え撮影は順調に終え、さらに試写では、観客の反応でギャグを入れ替えるなどをし、万全の状態で映画は公開された。

友人の花嫁介添人に選ばれた主人公の悪戦苦闘ぶりを描いたこの作品は、大ヒットを記録し、メリッサ・マッカーシー助演女優賞、クリスティン・ウィグとアニー・マモローは脚本賞にそれぞれノミネートされた。

これを機に『ピッチ・パーフェクト』(12年)などの女性コメディが大量に作られるようになった。時代が変わったのである。

続いてフェイグは、コメディ・ドラマ『パークス・アンド・レクイエーション』の脚本家でもあるケイティ・ディポルドが様々なバディ刑事モノを観て、これの女性版が作りたいと思い書いた脚本『デンジャラス・バディ』の監督を務める。前作に引き続きメリッサ・マッカーシーを主演に迎え、さらにサンドラ・ブロックという豪華キャストで作られた今作は、FBIの捜査官のサンドラ・ブロックとボストンの粗野な刑事のメリッサ・マッカーシーがぶつかり合いながらも友情をはぐくむバディ刑事モノ。こちらも大ヒットし、瞬く間に人気監督の仲間入りを果たす。

 

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ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン』撮影中のフェイグ。さぞ高尚な映画を撮ってるように見えるが、きっと主人公がヤマアラシを轢きそうになって、事故るシーンの撮影中であろう。こんなスマートな姿でウンゲロがたくさんの映画を撮っているとは

 

〇コメディ映画のヒットメーカーへ

007シリーズが好きだったフェイグは、なぜ女性のスーパー・スパイ映画がないのかと思い、女性が主演のスパイ映画の脚本を書きはじめる。

『SPY』というタイトルで、再びメリッサ・マッカーシーを主演に迎え、『ブライズメイズ』でも活躍したローズ・バーンジュード・ロウジェイソン・ステイサムらが脇を固め、コメディは面白く、アクションはカッコよくをモットーに製作された。

CIAで腕利きスパイのサポートをしている女性職員クーパーが、とある任務をきっかけに世界を股にかける女スパイになるというストーリー。

日本では公開すらされなかったが、世界的に大ヒットした。

さらには、『I LOVE SNOOPY ピーナッツ・ムービー』(15年)の製作も務めた。

続く『ゴースト・バスターズ』のリメイクでは、全員を女性キャストにするという案を気に入り、監督に就任。主演にクリスティン・ウィグ、メリッサ・マッカーシー、ケイト・マキノン、レスリー・ジョーンズと今一番面白い女性コメディアンが一堂に会した作品だ。

しかし、公開前からずっと一部映画ファンからの心無い批判を受け続けている。

はたして、どんな作品になっているのか早くも期待が高まるところである。

 

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『SPY』より 手拭き用のタオルを食べてしまうシーン。これもフェイグの実体験。

 

〇最後に・・・

ポール・フェイグは常にスーツ姿のオシャレさんである。

ファッションは自分が何者かを示す手段の一つであると彼は考えている。

『フリークス学園』が終わってから、彼は敬愛するグルーチョ・マルクスの「ダサい奴は信用するな」をモットーに常に仕事ではスーツ姿になった。

その前までは、ずっとTシャツにジーンズ姿だったのだが、監督になるにあたってスーツ姿に変わった。彼は言う

「だって船長がスウェット姿で髭も剃らず野球のキャップで来たら、そんな船降りるだろ?」

また、普段着だと落ち目の頃を思い出すのだという。

スーツ姿になって売れた男、ポール・フェイグ。

彼はこれからもシャレたスリーピースのスーツで我々に笑える映画を届けてくれる事だろう。

 

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『フリークス学園』撮影風景 服よれよれ時代のフェイグ

 

 

 

参考文献

The Buzzfeed

『How The Director Of “Spy” And “Bridesmaids” Escaped Movie Jail And Conquered Hollywood』----Adam B. Vary

https://www.buzzfeed.com/adambvary/paul-feig-spy-bridesmaids-the-heat?utm_term=.itB4MMBl5p#.nm77DD4oRv

Telegraph

『Paul Feig: 'women are funnier than men'』---Elaine Lipworth

http://www.telegraph.co.uk/film/spy/paul-feig-interview/

USA TODAY

'Heat' director Paul Feig won success a step at a time---Julie Hinds

http://www.usatoday.com/story/life/movies/2013/06/25/heat-director-paul-feig/2457963/

Sick In The Head-----Judd Apatow

フリークス学園 ~授業編~

Netflixでついに配信された『フリークス学園』。

今回は前回のフリークス学園 ~入学編~の続きから。

多少のネタバレはあるので、18話全部観てから読むことをおススメします。

もちろん、そんなキツイネタバレはありません。

 

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 第2話以降からは、ジャド・アパトー、ポール・フェイグ、ジェイク・カスダン以外のスタッフも参加する事となった。

 マイク・ホワイト(『スクール・オブ・ロック』)、ジョン・カスダン(ジェイク・カスダンの弟。『タイトル未定のハン・ソロの映画の脚本』、パティ・リン(『ブレイクング・バッド』、『デスパレードな妻たち』脚本家兼プロデューサー)など今思えば、そうそうたる顔ぶれが揃った。

 脚本会議では、脚本家を含めたスタッフたちは自分たちの学生時代の良かった事、悪かった事、恥ずかしかった事、悲しかった事などの話を会議に持ち込む事となっていた。

 それを笑いあい、時にその悲しみを共有し、彼らが経験した事がこのドラマに生かされる事となる。

 例えば、第11話『本当の友達』で、サムがモテたいがために“パリジャン・ナイト・スーツ”というベルボトムのつなぎを着て学校に登校するシーンは、このシリーズの生みの親である、ポールが実際に経験して恥をかいた話が基となっている。

 さらにリンジーが車で事故を起こすシーンもポールが免許を取って1週間で事故を起こした経験が基になっている。

 

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※次々とポールの口から語られるイケてないエピソードの数々に、ポールをカッコいいコメディアンだとばかり思っていたジャドはたいそう驚いたという

 

 第12話の『男と女の間には』でニールの父親が浮気をしている事に気付くというストーリーは、このドラマのプロデューサーのジェフ・ジュダ(第6話でニックがバンドオーディションを受ける時に音響を担当している役でカメオ出演もしている。そういえば同じ場面でポールもギターを弾いていた)の経験から。そして、ニールの夫婦仲がこじれはじめるのは、ジャドの両親が離婚した時の経験からきているものである。

 第14話『招かれざる客』で、ビルが独りさみしくグリルチーズサンドを食べながらギャリー・シャンドリングのネタをTVで観ているシーン、両親の離婚後、母親に引き取られたジャドの放課後が基になっている。

 

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 その他にも第10話『娘の日記』で、ビルが自分たちが体育の野球でいい守備位置に置いてもらえず、本当は野球がうまいかもしれないのにチャンスすらくれないと、嘆くのは学生時代のジャドが常々思っていた事。

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※体育の時間で野球のチームを体育会系の同級生が選ぶシーンで流れるのは、XTC のNo Language in Our Lungs。歌詞はこう 「僕らの肺には言葉がない 感情を伝えるための言葉がない」

 

 最終話『それぞれの道』の視聴覚クラブの先生はジャドの恩師がモデル。またニックがディスコダンスを始めるのはポールが高校時代一時だけディスコダンサーだった事が基になっている。

 このように彼らの経験が随所に生かされ今までの学園ドラマでは描かれることがなかった名シーンが次々と生まれた。

 脚本のマイク・ホワイトは、『フリークス学園』を始める前に当時大人気だった学園ドラマ『ドーソンズ・クリーク』の脚本も担当していたのだが、『ドーソンズ・クリーク』の現場で、できなかったことがここでは出来たという。その自由さはさらに広がりを見せ、第13話『ピーナツ・パニック』でリンジーが初めてマリファナを使うエピソードやケンの恋人エイミーが両性具有で生まれた事をケンに告白する第17話『それぞれの勇気』など通常の学園ドラマでは描かれないチャレンジングなエピソードが多数生まれた。

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※『ドーソンズ・クリーク

 爽やかな雰囲気だが、製作は『スクリーム』のケヴィン・ウィリアムソン

 

 自由なスタイルは、脚本だけでなく演出面でも利用された。

ジャドとポールは、キャスト達に即興での演技をさせた。

第17話『それぞれの勇気』では、セス・ローゲンジェシカ・キャンベルに自分たちでセリフを考えるよう伝えその場で演技をさせた。

 このドラマの中でも、即興演技で最も輝いていたのは、リンジーとサムの父親、ハロルド役を演じたジョー・フラハティである。彼は即興コメディの老舗劇団セカンド・シティ出身で、台詞の多くは彼のアドリブだったという。

 彼の即興に特に影響を受けたのは16話『憧れのファーストキス』でリンジーの家に転がり込むニックを演じたジェイソン・シーゲルであった。

 彼はジョーとの撮影でコメディ演技のすべてを学ぼうとしたという。

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※第3話『ハロウィン大騒動』で、ジョー・フラハティ演じるハロルドがドラキュラの格好をしていた元ネタはこれ。『SCTV』より

 

さらに、脚本術を学ぶため、ジェームズ・フランコセス・ローゲンジェイソン・シーゲルの3人は、ジャドとポールから脚本の書き方を学び、さらに3人は、台本が手元に来たら、3人で読み合わせをし、台本にある台詞やギャグを自分たちでアレンジし、撮影に臨んだ。

 このドラマはまさにスタッフやキャストが一人ひとり丁寧に作り上げた手作りのドラマになっていった。

 一見するとドラマすべて順調に見えるが、ドラマの外側では大変な戦いが待っていた。

ます、NBCの新社長にワーナードーソンズ・クリークのプロデューサーをしていた男が就任。この作品への理解を示さなかった。ポールは彼にパーティで会った時から何か不安に感じていたようだ。

 そして、第1話が放送。

テレビ誌や批評家の評価は高かったものの視聴率は伸びず、続く第2話はさらに低い視聴率になり、裏番組の『COPS』(アメリカ版警察24時)にすら負けていた。

 アメリカ人の多くは青春の情緒あふれるコメディも上裸の男が警察に襲い掛かる方が見たかったんだろうと、セス・ローゲンは振り返る。

 視聴率はNBCの数週間の視聴率で最も低い数字を記録した。

 放送していた局のNBCは、ジャドとポールに作品のトーンをより明るくすることを提案。

要はハッピーエンドを増やせという事である。しかし、ジャドとポールはその提案を拒否した。彼らがこのドラマで描きたかったのは青春の痛みや悲しみで安易なハッピーエンドにしてしまえば、台無しになるとわかっていたのだ。

 他にも局は、のジェームズ・フランコにイケメンの顔が見えないからと、ニット帽をかぶらないようにと指示するなど変な注文も付き始めた。

 第13話『ピーナッツ・パニック』の放送2日後に打ち切りが決まった。

(ちなみに第3話の『キムは友達』、第14話『招かれざる客』はNBCの放送ではO.Aすらされなかった。)

フリークス学園 ~入学編~

~はじめに~

この度、アメリカで『フリークス学園』のブルーレイボックスが発売された。

ボックスにはアメリカで放送されていた、4:3の画面サイズのヴァージョンと

4kスキャンをした16:9の画面サイズに合わせたヴァージョンの2種のディスクが、収録され、放送当時のものとリマスターされたものが楽しめるというお得なのか、そうでもないのかまったくわからない仕様になっている。

さらに、日本でもNetflixでフリークス学園が配信!

Netflixオリジナル作品『LOVE』の効果で、評価が日本でもジワジワ高まっているジャド・アパトーと、新『ゴースト・バスターズ』の監督としてなにかと話題(になっていればいいのだが….)のポール・フェイグの共作である『フリークス学園』が今あらためて注目すべき作品であるはずなので、せっかくジャド・アパトーの事もあんなに書いたんだから、ジャド・アパトーの最高傑作ともいうべきこの作品についてもまたダラダラと書かせていただきます。

これを機に、是非一度、ドラマも見て頂けたら幸いでございます。

今回は、第1話のストーリーとドラマの製作が始まるまでを書いた

フリークス学園~入学編~として掲載します。

ドラマの各エピソードの解説と製作から打ち切り前までの過程を書く~授業編~

打ち切りからその後の話までを書く~卒業編~と3つに分けていこうと思います。

何の宣言かはわかりませんが、これが配信やソフト化、未公開の『トレインレック』の

公開の後押しになればと思います。

 

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~フリークス学園とは~

1999年、アメリカのNBCで「Freaks&Geeks」(フリークス学園)というタイトルの学園ドラマが放送された。
いつもの学園ドラマでは、描かれる事のない、フリークス(落ちこぼれ)とギークス(オタク)の学園生活を描いたドラマであった。

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フリークス(落ちこぼれ)

※上から時計回りに、ニック(ジェイソン・シーゲル)、ケン(セス・ローゲン)、

 リンジー(リンダ・カルデリーニ)、キミー(ビジー・フィリップス)、ダニエル(ジェームズ・フランコ

 

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ギークス(オタク)

※左から、ニール(サム・レヴィーン)、サム(ジョン・フランシス・デイリー)、ビル(マーティン・スター)

 

 パイロット版の第1話「PILOT」の始まりはこうだ。
グラウンドのスタンド席でアメフト部の男とチアリーディング部の女がイチャついている。いかにもなアメリカ学園ドラマの始まりだ。
カメラはどんどん彼らに近づいていくが、カメラは2人を逸れて、スタンド席の下へ。
そこでは、フリークスのダニエルたちがヘヴィメタバンドのTシャツを着ていて教会を追い出されたという話をしている。
 そして、カメラは再び動き出し、今度は、ビル・マーレイのモノマネをやり合う、3人のギークスのサム、ニール、ビルの方へ。
すると、そこにいじめっ子のアランたちがやってきて、サムたちにつっかかる。
幸か不幸か、サムの姉、リンジーがそこに通りかかる。
どうやら彼女はサムたちの同級生たちからは、何をしでかすかわからないサイコ野郎と思われているようで、恐れをなしたいじめっ子たちはその場から逃げ出す。
姉に助けられたサム。だが、サムは礼を言うどころか、放っておいてくれと冷たくあしらう。やりきれないリンジー。「学校なんかサイテー」と愚痴る。
そして流れるのはこのドラマのオープニングの曲、女性パンクグループ、ランナウェイズの元メンバー、ジョーン・ジェットが歌う、「バッド・レピュテーション(悪い評判)」。

I don't give a damn 'bout my reputation
評判なんて気にしないわ
You're living in the past, it's a new generation
時代遅れね 時代は変わったの
A girl can do what she wants to do and that's what I'm gonna do
もう女の子は好きな事できるの だから私もしたい事をする
An' I don't give a damn 'bout my bad reputation
悪い評判なんて気にしない
Oh no, not me
気にしないわ

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まるで、今のリンジーの気持ちを歌うような曲だ。
このようにこのドラマは、流れる曲とドラマの内容がリンクするような作りになっている。
リンジーは、それまで優等生の女の子だったが、祖母の死をきっかけに、すべてに嫌気がさしたのか、父親のアーミージャケットを羽織り、今まで付き合う事のなかった学校のフリークスのグループの面々、ダニエル、ニック、ケン、キミーとつるみ始める。

なんとか馴染もうとするリンジーだが、ついこないだまでは、優等生グループだったリンジーが簡単に馴染める訳もなく、優等生グループ時代の友人、ミリーがしつこく数学選手権大会のエントリーに誘ってくるは、フリークスグループのキミーからは嫌われているはと彼女の新たなフリークスへの道は前途多難であった。

さらには、同級生にからかわれていた障害を持った生徒、イーライを助けダンスパーティの相手に誘う。しかし、その後また同級生たちから、からかわれているところを助けると、些細な行き違いでイーライを逆上させてしまい、彼はスタンド席で転んで、骨折してしまう。そして、同級生たちからは偽善者呼ばわりされる始末。
さらに追い打ちをかけるように、フリークスグループのニックと授業をサボっているところを進路指導の先生に見つかり、数学選手権大会に出るか、ダンスパーティの手伝いをするかの選択を選ばされる。まさにドン底のリンジー。
一方、サムたちは、いじめっ子のアランが自分たちをいじめないようどうすればいいか、対策を練っていた。そして、彼らはギークの上級生ハリスの元を訪れる。
彼は、ギークのカリスマのような立ち位置にいるのだが、どうもパッとしない佇まいで、その感じは、後の「スーパーバッド〜童貞ウォーズ〜」のマクラヴィンや「ナポレオン・ダイナマイト」の主人公を彷彿とさせるようなキャラクターだ。

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3人のギークたちに輪をかけてダメそうな男がハリス。ギークたちのマスターヨーダ


その後のエピソードでも彼は登場し、サムたちにためになるような、ならないようなアドバイスを与え続ける。
ハリスのアドバイスもあり、もう戦うしかないと決心したサムたちは、いじめっ子のアランが帰り道で1人でいるところを狙って3人でボコボコにしようという作戦を考える。卑怯極まりないのだが、3対1でもやられるんじゃないかと不安で仕方ないという情けない3人。
そして、放課後。戦いの場へ向かうビルとニール、そして野次馬としてやってきたクラスメイト。
1人、また1人と仲間が増えていくその場面は、まるで『ワイルドバンチ』を彷彿とさせるシーンだが、状況が状況だけになんとも情けない。仲間は一通り揃ったが、肝心のサムがいつまで経っても来ない。
教室を飛び出し急いで、集合場所へ向かうサム。だが、意中の女子、チアリーディング部のシンディに声をかけられる。舞い上がるサム。だが、時間は刻々と迫っていた。
サムは意を決して、彼女をダンスパーティに誘う。
すでに誘われているからと断られるも、会ったら踊ってあげると約束してくれた。
天にも昇る心地のサム。
 一方のニールたちは、1人自転車で帰宅途中のアランを発見。
急に弱腰になるもビルが意を決して、立ち向かい、3対1の大乱闘ならぬ小乱闘へ。
 史上もっともユルい乱闘シーンが始まる。
アランのセーターを破き、なんとか勝利した彼ら。
その帰り道、彼らは束の間の勝者の気分を味わうのであった。
そしてダンスパーティ当日。
退屈そうにミリーとパーティの手伝いをしに来ているリンジー。
そこに晴れ姿のサムが。サムは、ドキドキしながら、シンディに近づき、ダンスに誘う。
シンディの手を取りダンスフロアへ行くと、体育館で流れていたStyxの曲、「カム・セイル・アウェイ」と場面がリンクする。

We lived happily forever,
ずっと幸せに過ごしていく
so the story goes,
物語は続く
But somehow we missed out
on the pot of gold
だけど、どういうわけか見果てぬ夢を見失ってしまった
But we'll try
best that we can to carry on
でも、僕らは頑張り続けるんだ

そして曲がアップテンポに変わりさっきまでぎこちなかったサムが吹っ切れたように踊り出す。

A gathering of angels
appeared above my head,
天使が僕の周りに集まってきて
They sang to me this song of hope
and this is what they said,
僕に希望の歌を歌うんだ。
天使は歌う
They said
come sail away, come sail away,
come sail away with me lads,
共に船出だ、少年よ
come sail away, come sail away,
come sail away with me
共に旅立とう

それを見ていたリンジーも笑顔に。
彼女は会場で一人寂しそうにする、イーライの姿を見つけ、彼の手を取り、2人もダンスフロアへ。
シーズンの幕開けに相応しい終わりであった。
こうしてこの歌詞のようにドラマも進んでいくはずだった。

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第1話【PILOT】のラストシーン


~スタッフ&キャスト~

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このドラマの仕掛け人は、ジャド・アパトー(『40歳の童貞男』)とポール・フェイグ(『ブライズメイズ』)。
2人の出会いは、1980年代の終わり、若手コメディとして出会った2人は出番を終えたコメディクラブ。彼らはそこに残ってコーヒー片手に朝までポーカーする仲であった。
その後、仕事をするのはベン・スティラー出演、ジャド脚本の『ヘビーウェイト/サマー・キャンプ奪還作戦』にポールが出演した程度で、主だった共演共作はなかった。

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『ヘビーウェイト/サマー・キャンプ奪還作戦』のベン・スティラーの面白場面だけを集めた動画。『ドッジ・ボール』の元ネタだろうか・・・。1:03~あたりでポール・フェイグの姿も

 

ジャドは、コメディアンの道を諦め、脚本家になり、数多くのTV番組や映画の脚本のリライト(多くの作品はクレジットされる事はなかった。詳しくはジャド・アパトーの項で)をしていた。一方のポールは、キャリアが行き詰まっていた。映画やドラマの出演はあったもののメインのキャストではなく、また『サブリナ』のレギュラー出演も終わり、ポールは俳優の道を諦め、ジャドと同じく脚本家になる事を考えていた。
そんな折にジャドからドラマのアイデアがあればいつでも聞くよと言われたポールは、前々から考えていた学園ドラマのアイデアを脚本に落とし込む。
ポールは常々、学園ドラマではドロップアウト寸前の落ちこぼれたちや自分たちのようなオタクたちが、いないものとされているような描き方に不満を感じていた。
彼らを主人公にしたドラマを描いたら。そう思ったポールは、タイトルを『Freaks and Geeks』とし、パイロット版の脚本を書き上げ、ジャドに渡した。
ジャドは、軽い気持ちで頼んだ脚本が、まさか自分のキャリアで最も素晴らしい作品となるとは、思ってもみなかったと振り返る。
この脚本を気に入ったジャドは、すぐさまドリームワークスに持ち込み、FOX、ABCなどのテレビ局を経て、NBCの手に渡った。ジャドとポールは、局が脚本の内容に関して手を出さない事を条件に製作へGOを出した。さらにNBCにキャストを子役ではなく本物の子供たちをキャスティングするよう提案した。NBC側もその提案を快くのんだ。
こうして『Freaks and Geeks』の製作が始まった。
製作準備段階の初日、いきなりジャドは、脚本を変えようかとポールに言う。
ポールとしては、寝耳に水だったが、ジャドはより良いものに出来るならそうすべきだと言い、ポールもそれに納得した。
ポールは、今までコントロールフリークだったが、それ以来考えが変わったという。
ジャドは、ポールの脚本は、ギークたちの描写は完璧であったが、フリークたち描写はイマイチであると思い、新たに彼らの個性をユニークなものに書き直したものを共に作った。
一方、パイロット版の監督は、弱冠24歳の新人監督ジェイク・カスダン(『バッド・ティーチャー』)に選ばれた。
エージェントがジャドと同じで、彼の手腕は耳にしていたというが、初めての監督作品『ゼロ・エフェクト』もまだラッシュしか出来てない状況で、エージェントの話以外何も根拠も無く、彼を雇わなくてはならなかった。しかし、エージェントの話は間違いではなかった。
脚本、監督は揃った。今度はキャスティングのオーディションが始まった。
主人公のリンジー役のリンダ・カルデリーニが現れた時、ポールは彼女こそ、リンジーだと思ったそうだ。
リンジーの弟のサム役のジョン・フランシス・デイリーは、オーディション中ずっと体調が悪く、ただ吐かない事だけに集中したという。
そして、ダニエル役のジェームズ・フランコには、オーディションの時にもう既に映画スターの素質があったと監督のジェイク・カスダンは振り返る。
が、一方のジャドとポールはフランコの事を特にハンサムとは思っておらず、ジャドの事務所の女性たちがキャーキャー言っているのが、おかしくてしょうがなかったという。
ニック役のジェイソン・シーゲルは、オーディションに来るや否や、「この役がやりたいです」と言い、彼が出す陽気な雰囲気をジャドは、いたく気に入り、まるで高校の頃の自分を見ているようだと深い繋がりを感じたという。
ケン役のセス・ローゲンは、オーディションの時に舞い上がっていた。
なぜならそこに、『スキー・パトロール』に出演していたポールがいたからだ。
ポールがいることに気を取られ、ジャドの事など眼に入らなかったという。
ケリー役のビジー・フィリップスは、すでに役に入り込んでいたため、セスをたいそう怖がらせたという。
ビル役のマーティン・スターは、脚本や演出では出せないナチュラルな演技が評価され選ばれた。具体的には、ボッーとして口を開けて、何もしないでも人を笑わせられる技術である。
ニール役のサム・レヴィーンは、オーディションでウィリアム・シャトナーのモノマネをした。それは酷いものだったようで、本人は大変後悔したが、ジャドとポールは「これこそ、僕らが学校で、笑いを取ろうとみんなの前でやったバカだ」と気に入り彼を選んだ。
そして、彼らの満足のいく夢のようなキャストも出揃った。
しかし、ポールは心配であった。
もし、これでよくあるハリウッドの子役スターように、この子たちの人生を台無しにしたらどうしようと心配になった。
それを受けてジャドは、キャストミーティングの際に、キャストたちに言った。
「君たちには、俳優としてのチャンスだ。だから、ハリウッド流に流されず、番組に集中してくれ。ドラッグには手を出すな。番組はあるし、君たちを“E!ハリウッドトゥルーストーリー(ハリウッドスターのスキャンダルを中心にスターたちの経歴を振り返る番組)”で観たくないんだ」
まるで家族のようなスタッフとキャストによって第1話は作られていった。

(続く....)

 

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第1話の監督をした、ジェイク・カスダンの日本未DVD化作品『ゼロ・エフェクト』

観たいぞ!

 

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ポール・フェイグが出演した『スキー・パトロール』(1:30~あたりに出ているのがポール・フェイグ)

そうでもないぞ!

 

 

 

ジャド・アパトーの “ほぼ” すべて~This is almost everything about Judd Apatow~

〇はじめに

 ジャド・アパトーの事を知りたくて、これから始まる長ったらしい文章を読んでいただけることに感謝します。

 もし、もっと読みやすくまとまり、素晴らしい解説や分析をされているジャド・アパトーについての文献を読みたいのであれば、長谷川町蔵氏の『21世紀アメリカ喜劇人』(スペースシャワーブックス)を強くおススメします。

 これから始まる内容は、ジャド・アパトーが気になって、ネットで調べたが、イマイチ、ジャド・アパトーがどんな人物なのかどれだけすごいのかわからない、もうちょっとWikipediaや日本語で読める本や記事よりも余計な事も知りたいという方に向けて書きました。これを読んで、ジャド・アパトーがより好きになったり、ジャド・アパトーの作品が観てみたいとなって頂けたら幸いです。

 それと配給会社の人がこれを読んでジャドが流行ってると勘違いして公開されることを願っております。

http://media.gq.com/photos/5582d3273655c24c6c94a1db/master/pass/entertainment-2013-01-judd-apatow-judd-apatow-1.jpg

 

〇なぜジャド・アパトーなのか?

 ジャド・アパトーは、現在のアメリカンコメディにおいて最も重要な人物と言っても過言ではない。彼が率いる(別に率いているわけではないのだが)コメディアンや俳優たちはアパトーギャングと言われ、現在のアメリカンコメディの最前線で活躍している。

 セス・ローゲン(『無ケーカクの命中男/ノックドアップ』)、アカデミー賞にまでノミネートされたジョナ・ヒル(『スーパーバッド』、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』)、最近はアパトー作品でのキャラクターのままマーベルヒーローになったポール・ラッド(『40男のバージンロード』、『アントマン』)、歌う大男ジェイソン・シーゲル(寝取られ男のラブバカンス、ザ・マペッツ)などその規模は大きくなり、人気もはくしている。

 しかし、日本でジャド・アパトーの名を知っている人はどれくらいいるだろうか。

 彼の作品群を見ると、『俺たちニュースキャスター』、『俺たちステップブラザーズ』、『エージェント・ゾーハン』、など日本ではおバカ映画と評されるものが多いが、それらはあくまで彼が脚本やプロデュースした作品であり、彼が監督する作品はどれもおバカ映画と割り切れる作品では決してない。下ネタやオタクギャグ満載でつい同じに見えてしまうが。

 ジャドのプロデュース作品で彼の名前を多くの人が知る機会にもなった作品、『俺たちニュースキャスター』の監督、アダム・マッケイはジャドの作品と自分の作品を比較してこう言う「ジャドの作品に比べて僕らが作っているのは、もっとバカだな」

 ジャドの作品は、面白いキャラクターや面白い設定でのコメディとは一線を画す。

もちろん面白いキャラクターや設定がないという訳ではないが、ジャドは、人間の感情的な部分や日常のリアリズムに根ざした設定でコメディ映画を作る。

 そんな彼の作品の魅力は何なのか。彼自身の経歴と作品を通して考えてみよう。

 

〇コメディ好きの少年時代

 1964年にジャド・アパトーユダヤ系の両親の下、3人兄弟の二男として生まれ、ニューヨーク州のショセットで育った。

 コメディ好きのジャドは、少年時代から、テレビ、映画、レコードを通して、多くのコメディに触れてきた。こうした少年時代のコメディ体験は、彼に多くのコメディの知識をもたらし、学校の宿題で30ページのマルクス兄弟に関するレポートを書き、さらにはコメディ考察ノートを作る程であった。

 そして、彼のコメディアンになりたいと思う気持ちを一層強くした。

 

〇両親の離婚

 中学生の頃、ジャドの両親が離婚し、彼は母親に引き取られた。

両親の離婚は、彼にとって最も辛い思い出で、後にこの時期に抱えていた苦しみや不安がコメディの原動力になったと言っている。

 また、この経験は、ジャドが製作、監督、脚本を担当したTVドラマ『フリークス学園』にも反映される。

主人公のサムの友人、同じくモテないオタク少年のビルのキャラクターはジャドの少年時代が反映されている。学校から帰って来たジムが誰もいない家でサンドウィッチを作り、独りTVのコメディショーを観るシーンは、ジャドの本人の実体験である。

 

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 離婚後、母親は、ジャドのためを思ってなのか、決して高給取りとは言えないコメディクラブのウエイトレスの仕事を始める。この時ジャドは、初めて生でスタンダップコメディに触れる事になる。

 14歳になると、ジャドは家からほど近いコメディクラブで皿洗いをし、下積み時代が始まる。

 そして、そこには21歳の新人エディ・マーフィー(『ビバリー・ヒルズ・コップ』)も出演していた。その時、エディ・マーフィーは客からのヤジに対し、

「お前が何言おうと気にしないね!だって俺は21歳で、黒人でお前よりでかいチンポがあるからな!」と返した。ジャドはエディの返しに感銘を受け、コメディアンになる事を決心する。

 とはいえ、一体どうすればいいのか?何かいい方法はないのか?

彼はコメディアンたちからその秘密を教えて欲しかった。

だが、そんな事をコメディアン志望の中学生に教えてくれるわけがない。

 

〇Sick In The Head 高校時代

 高校時代にジャドに一つの転機が訪れる。JAZZマニアの友人のジョシュが校内FMラジオで、やっていた番組に触発されたジャドは、これのコメディ版が出来るはずだと考える。

 ジャドはジョシュが、FMラジオという体で、色んなアーティスト達に会い、インタビューしている事を知り、彼は自分が会いたいコメディアンに話を聞けて何かしらテクニックを盗めると思い、校内FMラジオの番組を始める。

 そして、さまざまなコメディアンにアポを取り、FMラジオのインタビューとして取材行う事に。

 彼は、若き日のジェリー・サインフェルド(『となりのサインフェルド』)、ジェイ・レノ(『ザ・トゥナイトショー』のホスト)、アル・ヤンコヴィック(コメディ音楽家『今夜はイートイット』など)、ハロルド・ライミス(監督・脚本家『恋はデジャブ』『ゴースト・バスターズ』)、ハワード・スターン(ラジオ・パーソナリティ『ハワード・スターン・ショー』『プライベート・パーツ』)など多くのコメディアンから話を聞くことができた。彼らはインタビュアーとして現れた男が巨大なラジカセを持った青年だという事に驚きはしたものの、決して彼の事を邪険にはせず、皆、親切に気前よく話してくれた。

ジャドにチンチンを見せてくれないかと言ったとある1人のコメディアンを除けば。

 そして、彼は多くのコメディアンからたくさんの事を聞き出し、多くの事を学んだ。

この時のインタビューを基にした著作が『Sick In The Head』というコメディアンやクリエイターたちへのインタビュー集である。

 

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若き日のジャドとジェリー・サインフェルド

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ハロルド・ライミス

 

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ジェイ・レノ

 

〇コメディアンへの道

 ジャドは、17歳の頃にスタンダップコメディアンのキャリアをスタートする。そして、ロスに引っ越し、脚本を学ぶため、南カリフォルニア大学に入学する。

 1989年、TVやコメディクラブでのコメディアンとしての仕事が増えていく中、同じコメディクラブに出演していたアダム・サンドラー(『ウェディング・シンガー』)と意気投合。同居するまでの仲に。

映画などに詳しかったジャドは自分のおススメの映画をアダムに色々と教えていった。

 その事が後にアダムが多くの映画を製作する事のきっかけにもなった。

 この頃に、ジャドは多くのコメディアンと出会いその仲間たちと後にさまざまな仕事をしていくことになる。同じコメディクラブに出演していて、得意のモノマネで爆笑をさらっていたジム・キャリー(『マスク』)、デイヴィッド・スペード(『ディッキー・ロバーツ 俺は元子役スター』)、コメディアン時代のポール・フェイグ(『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』の監督)など。

アダム・サンドラージム・キャリーにはネタも提供していた。

 またその関係性は続き、後のアダム・サンドラーの映画の『ウェディング・シンガー』やジム・キャリーの映画『ライヤー・ライヤー』、『ブルース・オールマイティ』をクレジット無しで脚本のリライトをしている。

 同居人だったアダム・サンドラーは老舗のコメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』(NBC)のレギュラーになる一方、ジャドはライターとしてさまざまな番組に参加。

 そして、1992年にベン・スティラーと組んだコメディ番組『ベン・スティラー・ショー』(前期はMTV、後期はFOX)はエミー賞を受賞するほどの高い評価を受けた作品だったが、視聴率が振るわず、13話で打ち切られてしまう。

 

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若き日のアダム・サンドラージャド・アパトー

 

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スプリングスティーン伝説」『ベン・スティラーショー』より

 

〇ライターへの転向

 ジム・キャリーアダム・サンドラーなど仲間のコメディアンが第一線で活躍する中、ジャドはコメディアンとしての道をあきらめ、ライターとしてTV番組や映画に活動の場を移す。

1996年、『リアリティ・バイツ』を監督し終えた、ベン・スティラーの2本目の監督作品『ケーブル・ガイ』のプロデュースをする事になり、主演はコメディクラブ時代の友人で、当時のトップスターのジム・キャリーだった。ストーリーは、ジムが演じるケーブルTVの配線業者(ケーブルガイ)が、マシュー・プロデリック演じる俳優ととある理由で、友達になるが、徐々にケーブルガイの行動はエスカレートし、ストーカーまがいのものに発展してゆく、というもの。

 ちなみに出演を依頼する時、ジムはちょうど『エースにおまかせ』の撮影で、ジムが等身大のサイの模型のお尻の穴から出てくるシーンを撮影中だった。ベンとジャドは灼熱の中ジムがサイの尻の穴から出てくるのを待つハメになった。

 ジムも含め3人は今までのジムのキャリアではやった事のないタイプの作品を目指した。

『ケーブル・ガイ』はコメディ映画として作品は撮影されていったが、撮影するにつれ作品のトーンはスリラーに近くなっていった。完成した作品は、ジム・キャリーが出ていたこれまでの作品とは全く違うものになり、ダークコメディ、ホラーコメディと称するものになった。

スタジオ側もそれに気づき、予告編を明るいコメディ調にするなど対策を練るが、映画は大ゴケ。

 ベン・スティラーはその後『ズーランダー』までの5年間映画を撮ることはなかった。

 そして、ジャドは8年間映画に直接的に携わる事はなかった。

 不幸中の幸いか、ジャドは『ケーブル・ガイ』でジム・キャリーの代わりに台本の読み合わせをした際にヒロインとして出演した、レスリー・マンに恋に落ちる。

 レスリー曰く、自身はベン・スティラーの事が好きだったが、熱心なジャドのアプローチもあって、1年後に結婚。娘のモードを授かる。

ちなみに、この時の経験が自身2作目の監督作『無ケーカクの命中男/ノックト・アップ』で活かされる事に。

 

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コメディ調に作られた「ケーブル・ガイ」の予告。

音楽は楽しそう。

 

〇フリークス学園

 脚本家としてのクレジット無しで参加していた作品『ウェディング・シンガー』や『ライヤー・ライヤー』が大ヒットする中、ジャドと同様、落ち込み気味のキャリアで、俳優の道を諦め、ライターに転向しようとしていたポール・フェイグに何かいいアイデアがあればスタジオに持っていくと声をかけたジャドはポールが長年温めていた学園モノのアイデアを聞かされる。

 それは、従来の学園ものでは決して中心人物として描かれることがなかった、高校のオタクたちや落ちこぼれたちにスポットを当てたドラマだった。

ジャドやポールら脚本陣が自ら経験した事をベースに作られ、タイトルは、

『フリークス(落ちこぼれ)&ギークス(オタク)』(邦題は『フリークス学園』)と名付けられた。

さまざまなスタジオにたらい回しにされたのち、スティーブン・スピルバーグが設立した製作会社「ドリーム・ワークス」の手に渡り、1999年の9月、NBCで放送されることに。

 オーデションを行い、主演のリンジー役のリンダ・カルデリーニ(『アベンジャーズ』のホークアイの嫁)、ジェームズ・フランコ(『スパイダーマン』シリーズ)、ジョン・フランシス・デイリー(『BONES』『モンスター上司』の監督・脚本)さらにここでセス・ローゲンジェイソン・シーゲルなど後に多くの映画を共作する事となるメンバーも揃う。

 若いキャスト陣には、悲劇の子役スターにはなって欲しくないと考えたジャドは、ドラマではなくあくまで実生活を優先させるよう伝え、脚本に興味があったセスとジェイソンには後のキャリアで役立つとポールと共に自身の脚本術を伝授した。これもライターへの道を余儀なくされたジャドとポールの経験があっての事だろう。

 しかし、この作品は『ビバリーヒルズ青春白書』、『サンフランシスコの空の下』、『フェリシティの青春』、『ドーソンズ・クリーク』などが放送される中では、華やかなモノとは程遠く、高い評価に反して視聴率は伸び悩んだ。

 スタジオ側もテコ入れのため、青春の痛々しいビターなテイストのストーリーだけではなく、清々しいハッピーエンドも入れるようにジャドとポールに提案するが、2人はそれこそがこのドラマのテーマであるとそれを拒否。その後も視聴率が伸び悩み、放送は18話で終了。

 セスは、視聴率が下がり、話数が進んでゆくにつれ、パイロット版の撮影の時には豪華だったケータリングも最終話の頃にはだいぶ寂しくなっていってしまったと当時を振り返る。

 ジャドは、また自分の作品が受け入れられなかったと落ち込むのと同時に、まだ若いキャスト陣のキャリアを台無しにしてしまったと後悔する。

 その次の年に挽回のチャンスが訪れる。『フリークス学園』のフォーマットを大学の寮に置き換え、30分のコメディドラマに落とし込んだ、『Undeclared』をFOXでスタートする。主演にジェイ・バルチェレル(『魔法使いの弟子』)を迎え『フリークス学園』と同じく監督陣はポール・フェイグやジェイク・カスダン(『オレンジカウンティ』)、俳優もセス・ローゲン(脚本も兼任)、ジェイソン・シーゲルなどが引き続き参加。

  『フリークス学園』の半分の30分のコメディだからと楽観視していたジャドだが、実際作るとなると、ドラマ作品であった『フリークス学園』に比べ、多くのギャグを入れて、コメディとして作らなければならず、苦戦したという。

  『フリークス学園』の時以上に豪華なゲスト出演が多く、『フリークス学園』にもゲスト出演した、ベン・スティラー、エイミー・ポーラー(『パークス・アンド・レクイエーション』『インサイド・ヘッド』)、アダム・サンドラーウィル・フェレル(『俺たちニュースキャスター』)、監督にはジョン・ファブロー(『スウィンガーズ』『アイアンマン』)が参加した。

 しかし、それもむなしく、この作品もわずか17話と言う短さで打ち切られる。

ジャドは自分の名前が出るモノは失敗し、自分の名前が伏せられた作品はヒットするというジレンマに陥っていた。

 

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『フリークス学園』オープニング

 

ジャド・アパトーの逆襲

 2004年、ジャドは再び映画界に戻り、かねてから主演作を作りたかった、ウィル・フェレルに映画製作を打診。『サタデー・ナイト・ライブ』でウィル・フェレルと共にコントを作っていた、アダム・マッケイを監督に1970年代のサンディエゴの地元テレビ局チャンネル4のニュースキャスターたちが、新しくやってきた女性キャスターにあの手この手で嫌がらせしていくという『俺たちニュースキャスター』製作。ジャドは作品のプロデュースをおよそ8年ぶりに行った。

 この作品が全米で大ヒットし、ジャド・アパトーの名が一気に広まるのであった。

 

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映画史に残る名シーン『俺たちニュースキャスター』より

 

 『俺たちニュースキャスター』撮影の中、1人のコメディアンに興味を持った。それは、この作品の中で、ひときわ異彩をはなっていた、スティーブ・カレルだ。

ジャドは、何かアイデアがあれば聞くよと言い、スティーブ・カレルが持ってきたいくつかのアイデアの中の一つで、40歳の童貞の男が初体験をするという話に興味を持った。丁度、自身の監督作品の製作を考えていたジャドはスティーブと共に脚本を書き上げ、映画会社のユニバーサルに持ち込んだ。ユニバーサルはその脚本を気に入り、GOを出し、低予算ながらも撮影が開始。

 『40歳の童貞男』というタイトルで撮影がスタートした。

出演は、スティーブ・カレル、キャサリン・キーナー(『カポーティ』)、ポール・ラッドセス・ローゲン、ロニー・マルコ、エリザベス・バンクス、そしてジャドの妻のレスリー・マンなどが顔をそろえた。

 撮影がはじまった数日後に撮影のラッシュを観たユニバーサルの重役が、ジャドにこう言った。

 「ポール・ラッドが太っている。痩せさせろ」、スティーブ・カレルが自転車で通勤するシーンを観て「シリアル・キラーにしか見えない。俳優を変えよう」などとスタジオ側から文句が出始めた。

 しかし、その言葉を無視して撮影は続行。ちなみに「シリアル・キラーにしか見えない」という言葉は、この作品のセス・ローゲンの台詞で使われた。

 この作品が大ヒットしただけでなく、批評家層からも評判がよく、放送映画批評家協会賞のコメディ賞を受賞した。

ここから、ジャド・アパトーの快進撃が始まる。

 

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スタジオから「サイコキラーにしか見えない」と言われたシーン 

40歳の童貞男』より

 

 ジャド・アパトーは年に数本の映画やドラマのプロデュースや脚本を始める。

2007年には『無ケーカクの命中男/ノックドアップ』を監督。

 一夜を共にした新人女性キャスターを妊娠させてしまう主人公が、妊娠を通して結婚や人生について見つめ直すというストーリー。

 自身の結婚体験をベースに主演のセス・ローゲンと脚本を共に書き上げ、こちらも大ヒットした。この作品には、ジャドとレスリー・マンをモデルにした夫婦が登場し、ポール・ラッドレスリー・マンが演じ、さらにはジャドとレスリーの娘、モードとアイリスも夫婦の娘役で出演。レスリーは出演だけでなく、脚本にさまざまなアイデアを出している。妊娠中のセックスで、赤ちゃんの頭をチンコで突いているみたいだからできないと主人公が途中でやめてしまうシーンは、レスリーのアイデア

 この作品以外にもレスリーのアイデアは、ジャドの作品に多く取り入れられ、ジャド自身もレスリーの才能に感謝しながらも、脚本家として自分の手柄にしたいからこれからは黙っておくつもりだと言っている。

 

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レスリー・マンがアイデアを出したギャグシーン 『無ケーカク命中男/ノックト・アップ』より

 

 さらにジャドの下で脚本を学んだセス・ローゲンジェイソン・シーゲルがそれぞれ映画を製作。

 セスは『フリークス学園』の撮影中に書いた脚本を基に『スーパー・バッド~童貞ウォーズ~』を製作。ジェイソンも自身の失恋経験を基にして作った脚本『寝取られ男のラブバカンス』を製作する。もちろん製作はジャド・アパトーである。

 そして、2009年に自身3本目の作品となる『素敵な人生の終わり方』を監督。

 自身が体験したコメディアンとしての人生を投影して作られた作品はかつての盟友、アダム・サンドラーが主演した。アダムは売れっ子コメディアンを。そして、ジャドを投影させた売れない若手コメディアン役をセス・ローゲンに演じさせた。

 この作品は前2本とは違う、コメディアンを題材にしたシリアスな作品となった。

 

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アダムとジャドの同居時代の映像が使われたオープニング。

『素敵な人生の終わり方』より

 

そして、女性コメディアンが面白いと思い始めた、ジャドは『サタデー・ナイト・ライブ』の人気女性コメディアン、クリスティン・ウィグに目をつける。

彼女に映画の脚本を書かせた、ジャドはその作品の製作に携わり、監督をポール・フェイグに任せ『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』を製作。

この作品に出演した女性コメディアン、メリシア・マッカーシーは一躍スターの仲間入りを果たし、アカデミー助演女優賞にまでノミネートされた。

さらには、映画『Tiny Furniture』を監督・脚本をしたレナ・ダナムにドラマの製作を持ちかける。

ちなみに彼女はジャド・アパトーからメールで連絡があった際、友達のイタズラだと思ったらしい。

 映画では監督4作品目の『40歳からの家族ケーカク』で、自身の結婚生活を投影し、『無ケーカクの命中男』で登場した、ポール・ラッドレスリー・マンが演じた夫婦のキャラクターを主人公に夫婦の危機を描く物語を作り上げた。今のジャドとレスリー、そして2人の娘との生活を投影させ、この作品もよりジャドにとってパーソナルな作品になった。『無ケーカクの命中男』にも夫婦の娘役で出演した、ジャドの2人娘、モードとアイリスも引き続き出演し前作以上の演技を見せる。

 

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ジャドの娘、モードは、2週間でLOSTの全エピソードを観終え、ジャドとレスリーを震撼させた。そして、ネタにされるのであった。

『40歳からの家族ケーカク』より

 

 2015年には、『40歳の童貞男』のスティーブ・カレルの時のように今面白いコメディアンの映画を撮ろうと考えたジャドは、人気の女性コメディアン、エイミー・シューマー書き上げていた脚本を基に、彼女に脚本・主演の2つを任せ、『Train Wreck』を監督する。

 真剣な恋愛に踏み込めない女性がイケメンスポーツドクターに取材をしていくうちに本当の恋に目覚めていくというストーリー。

 この作品はゴールデングローブ賞ミュージカル・コメディ部門作品賞、主演女優賞にノミネートされた。

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見事なコメディ演技を見せてくれた、肉弾凶器ことジョン・シナ

『Train Wreck』より

 

 そして、2016年には動画配信コンテンツNetflixのオリジナルシリーズ『LOVE』の製作・脚本を担当する。出演は、ギリアン・ジェイコブズ(『コミ・カレ!』)、脚本も務めるポール・ラスト(『愛しのベス・クーパー』)

 

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 2016年2月19日より配信のNetflixオリジナルシリーズ『LOVE』

 

〇最後に・・・

 このようにジャド・アパトーフィルモグラフィーを見るとさまざまなタイプのコメディを製作している一方、彼の監督作品は聞くだけで笑ってしまう設定でもなければ、ぶっ飛んだキャラクターたちが次々と登場するわけでもなく、恋愛、夫婦、家庭、仕事という日常生活に根ざした題材といかにもその辺にいそうな人物たちを笑いのフィルターを通して描いてゆくスタイルを一貫している。

 彼がそのようなスタイルと取る理由は彼自身がそういった題材こそがコメディとして一番面白いものだと感じているからだそうだ。

 さまざまなコメディアン出合い、彼らとはまた違うスタイルをジャドは確立したのである。

そういった見方でジャド・アパトーの作品を観てみると、地味で何も起きない長いコメディ映画というイメージが変わるのではないだろうか。そもそも人生と言うのは、地味で何も起きない長いコメディ映画のようなものではないだろうか。人生というものを題材にしているジャドの作品を日本でもより多くの人が楽しんでくれるよう願っている。